『「死ぬ瞬間」と死後の生』(E・キューブラー・ロス)を読みました。
この本は、前回ブログで紹介した町の本屋さんに行ったときに買ったものでした。
文庫本のタイトルを順に見ているとき、特異な本のタイトルと著者の名前が目に止まりました・・・
「死後の生」!
「キューブラー・ロス」!
そのとき、ウン十年前に「臨死体験」(立花隆)を読んだ中に「キューブラー・ロス」の名前があったのを思い出しました。
確か、立花氏は、ロス氏の本を読んだのがキッカケで日本の臨死体験を取材し、「臨死体験」を書くに至ったのだと記憶しています。
キューブラー・ロス女史は、スイス生まれでアメリカの精神科医。
さらに、常人とかけ離れた特異な能力を身に付けています。
この本でも紹介されているように、白昼、著者の前に突然すでに死んだ知人が姿を現し、著者と会話を交わし、また、事務所で著者の手渡したペンで紙に文章を書くという、不思議な出会いを経験します。
ロス氏と立花氏の臨死体験例を読むと、多少文化的な違いはあるも
のの、基本的には内容がほとんど変わらないことが分かります。
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⚫︎体外離脱で霊体が浮遊し、自分の息絶えた肉体を見下ろす。
⚫︎頭に思い描くだけで瞬時にどこにでも移動できる。
⚫︎暗いトンネルに入る。
⚫︎トンネルを出ると、眩(まばゆ)いばかりの光に包まれ、すべてを悟り、神の愛に包まれる。
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こういう場合、「死後の生」を信じるか信じないか、の二派に分かれます。
こういうのは科学的に証明できないので、本人がどう思うかしかありません。
私は?と問われると、個人的には「死後の生」を信じた方が「この世を心安く生きられる」という気がします。
これは信仰心からでなく、あくまでも合理的な考え方から。
なぜなら。
すべてが満たされる愛と光に包まれた死後の世界が存在するなら、この世で「死の恐怖」がなくなるから!
逆に、楽しそうな死後の世界が待ち遠しいくらい!(チョット言い過ぎ?)
ここで、死んだとき、死後の世界があるときとないときでどう変わる?
⚫︎あるとき
思っていたとおり天国世界を満喫できる!
⚫︎ないとき
死後の世界がなくすべてが無に帰するのだから、間違っていたことを悔やむ意識もない!
あるとき、ないとき、551やおまへんで~!!