定年後のゆる〜くたのしい日々

〜読書、語学、パソコン、音楽などをたのしむ日々のくらし〜

古文書(こもんじょ)と Chromebook

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 古文書とは、昔の人が筆で書いた歴史上の古い文書を言います。

 一方、最先端のデジタル文書入力ツールの一つとしてChromebook があります。

 古文書と Chromebook は180度正反対のものです。

 「アナログ」と「デジタル」それぞれの極みです。

 わたしは、若い時は圧倒的に「デジタル派」で、当時、次々に発売されるデジタル機器に飛び付いていました。

 その傾向が徐々に変わってきたのは50歳を過ぎた頃からで、定年を過ぎる時分には「アナログ」に惹かれる思いがさらに強くなってきました。

 同時に、「デジタル」にもなお惹かれ続け、「デジタル」「アナログ」それぞれの良いところを併用していくというふうに変わってきました。

 

 ある時、市の主催する「初級古文書講座」の案内を見て、ふと参加してみようと思い立ちました。

 そして、昨日と今日、その講座に参加してきました。 参加者は、40数名で教室は満席でした。

 予想どおり、(わたしも含めて)じいさんとばあさんの集まりでした。

 予想に反して、ばあさんが多くて半々くらいでした。

 わたしは古文書に接するのが初めてだったので、初級用のテキストでしたが、くずし文字を判読するのが大変むずかしく感じました。

 漢字のくずし字に加え、「ひらがな」も「変体がな」が使われていて、簡単には読めませんでした。

 ある意味、習い始めの外国語のようなものでした。

 

 そのように読みにくい古文書に魅力を感じるのはなぜなのでしょう?

 古文書は、「文書を書いた人の感性や書かれた時代の匂いが閉じ込められているタイムカプセル」のようなものだと思います。

 古文書に集中し苦労して判読していますと、大げさに言えば、その時代にタイムスリップしてしまうように感じます。

 古文書は、手紙や報告書など、日々の生活のなかで作り出された文書なので、その時代の生活模様が生々しく、また、なつかしく感じられるのだと思います。

 

 今こうして Chromebook で入力しているデジタル文書も、後の世の人が読んで興味深く、また、なつかしく思ってくれるときがくるのでしょうか?