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定年後のゆる〜くたのしい日々

〜読書、語学、パソコン、音楽などをたのしむ日々のくらし〜

「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」と Chromebook

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(上) (新潮文庫)

 

 大作ノンフィクション「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也)を読み始めました。

 柔道界出身の木村政彦と相撲界出身の力道山との、日本一を決める巌流島の決闘に見立てた昭和29年12月22日のいわくつきの試合・・・

 オーソドックスなレスリングで始まったところ、突然、力道山の大声での叫び声の後、力道山の一方的な殴る蹴るの攻撃で、木村が血を流しマットに沈み、再び起き上がれなかった凄惨な試合・・・

 「はたしてこの試合の真相は何だったのか?」をモチーフにして、柔道界・プロレス界を背景に木村政彦の生涯を追った迫真のノンフィクションです。

 

 本の表紙の写真でも分かるように、木村政彦は並外れて筋肉質のマッチョな柔道家でした。

 まるでマンガの世界に出てくるような体格で、また、いろいろなエピソードからも、ほんとうにこういう人が実際に存在したのか、と思ってしまうくらいです。

 たとえば、こういうエピソードがあります。

 昼間一日道場で柔道の稽古をした後の深夜、高さ10メートルの巨木の幹に太いロープを巻きつけ、それを柔道帯に見立て両手で引きながら腰を太い幹にぶつけ、巨木を「一本背負い」にする姿勢を取る激しい稽古。

 この「一本背負い」を千回、また、背負い投げとよく似た「釣り込み腰」を千回、合わせて毎夜二千回、巨木を相手に稽古をしていました。

 すると、腰から背中にかけての皮が裂け、その血が木の幹を赤黒く染めるのですが、木村は毎夜の稽古をやめることはありませんでした。

 そのうち、腰が当たる木の幹の部分がへこみ出し、ついには、高さ10メートの巨木が枯れてしまったのだそうです!

 また、夏の暑いある日、師匠が「暑い! あおげ!」と言うと、木村はうちわであおぐのではなく、畳を持ち上げ、うちわ替わりにあおぎ出した、そうでした!

 これほどの根性、体力、実力を備えた木村が、あの試合であんなに一方的に攻め込まれるとは・・・

 

 わたしを含めた団塊の世代は、この昭和29年の試合の頃はまだ幼く、また、テレビもまだまだ普及していなかったので、試合自体も木村政彦の名前もリアルタイムでは知らなくて、後に知識として断片的に知りました。

 少し後の小学生の頃、家庭にテレビ(もちろん白黒テレビ)がぼちぼち普及するようになると、力道山が活躍するプロレス中継が圧倒的な人気を博しました。

 力道山は、反則技を繰り出す卑怯な外人レスラーたちを伝家の宝刀「空手チョップ」でバッタバッタとなぎ倒す、戦後の国民的ヒーローとなっていました。

 一方、木村政彦は、昭和29年の試合後、再び表舞台に出ることはありませんでした・・・

 

 この先、厳しいIT業界を生き残れるか、 Chromebook !!