定年後のゆる〜くたのしい日々

〜読書、語学、パソコン、音楽などをたのしむ日々のくらし〜

ピカピカの一年生と Chromebook


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 今朝、孫の「ぼくちゃん」が、入学式に桜満開の小学校へ母親に連れられて行きました。

 ついこの間までよちよち歩きだった赤ちゃんがもう小学校へ通うのですから、こちらが年をとっていくのも道理なわけです!

 これから、小学校6年間、中学校3年間、高等学校3年間、大学4年間、合わせて16年間の教育期間を経ることになります。

 想像しただけで気が遠くなりそうです!(そう言いながら私自身もそういう過程を経てきたのですが)

 

 子供が成長する過程で、小さい頃は親や周りに言われることを素直に受け入れ、毎日、なんの疑問も抱かず過ごしますが、成長するにつれ、疑問を持つときが来ます。

 今でもよく覚えていますが、中学2年生の頃、ある天気の良い昼下がり、教室は二階で道路に面していました。

 わたしの席は窓際だったので、面白くない教師の単調な授業に飽いて、道路をたまに行き交う人や車を眺めていました。

 そのとき、ふと、自分はいつまでこういうことをしているのだろう、また、しなければならないのだろう、と思いました。

 授業中、狭いイスに座ったままで、自由に立ち上がったり、歩きまわることは許されません。

 授業時間は50分ほど(よく覚えていません)で間の休憩時間は10分、一日その繰り返しで、月曜から土曜まで休めません。

 ほとんどの時間、木のイスに座りっぱなし、ということです!

 突然、頭のなかがパニックになり、全身が硬直して身動きできなく感じました!

 すぐに、元に戻りましたが、そのとき二階から眺めた気だるい午後の日の当たったアスファルトの道路が、今でも鮮やかに目に焼き付いています。

 

 今から思いますと、まだまだ未熟な中学生だったわたしは、束縛された不自由な状況を被害妄想的にとらえ、世の中や世界をよく知り、よく考え、新しい世界を切り開いていくために今は準備しているのだ、という認識が欠けていたようでした。(この歳になって、やっとこういう考え方ができるようになりました)

 もちろん、教師の一方通行の授業、完全に社会と隔離された教育現場、受験のためだけの勉強など、改革すべき教育制度にも問題はいろいろあります。

 でも、疑問を感じるのは成長している証(あかし)なのです。

 

 これから、大きいランドセルを背負って小学校の門をくぐる、ピカピカの一年生の「ぼくちゃん」もこれからいろいろ経験し、いろいろ考え悩み、そして、成長していくのでしょう!

 

 ピカピカの一年生、大きく育て、 Chromebook !!