定年後のゆる〜くたのしい日々

〜読書、語学、パソコン、音楽などをたのしむ日々のくらし〜

PC-9801 と Chromebook

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 正月から運動不足気味だったので、昨日ジムに行きました。

 平日なので若者の姿は見られません。

 年齢を重ねた男女がチラホラです。

 目の前の窓から広々とした畑を見渡しながら、ランニングマシンのコンベアの上を黙々と早足で歩いていると、ある情景が浮かんできました・・・

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 30年近く前、大阪日本橋界わいの電機店を物色しながら黙々と歩いていました。

 当時、日本橋には宝物がいっぱい詰まっているように思えて、ワクワクしながら一軒一軒店を覗いて行ったものでした。

 1年半前にMSX機を手に入れ、「BASIC」のプログラミングをしたりゲームで遊んだりしましたが、やはり評判の16ビット機 NEC PC-9801がほしくてたまらなくなりました。

 

 PC-98シリーズは、当時、世界的に見ても優れた名機でした。

 PC-98を開発したのは NECの主力筋から外れたチームで、最初社内でまったく期待されていませんでした。

 それだけに、自分たちの好きなようにとことん開発に没頭できたのだと思います。

 当初、NECはメーン業務の大型コンピューターの分野では、富士通に遅れをとっていましたが、PC-98が評判になりオフィスに普及するにつれて、逆にPC-98のおかげで大型コンピューターの受注がたくさんとれるようになりました。

 

 パソコンは、今でこそ仕事や趣味に有り余るほどの使い道がありますが、当時はほとんどなんの役にも立たない純然たる趣味の道具で、しかも高価だったので簡単には買えませんでした。

 買うからにはずっと使い続けることができる、と自分で確信できることが条件となりました。

 アプリケーションソフトは少なく高価なので、自分でプログラミングして作らなくてはなりません。

 買うことを決める前に、本を3冊読みました。

 (1)タイトルは忘れましたが、パソコンの仕組みを説明した本。

 (2)「マイコンBASIC入門」

 (3)「はじめてのC」

 3冊目の本は「C言語」の入門書で、当時、プログラム言語として「C言語」が非常に人気があったので、PC-98を買う前に「C言語」が理解できるか確かめるためでした。

 後に、「C言語」を使っていくつかプログラムを組むことに熱中しました。

 また、確か日曜日の朝、テレビ東京系のチャンネルで「C言語」を教える番組があって毎週見ていましたが、そこで司会をしていたのが若い頃の小倉智昭アナウンサーでした。

 

 こうして、入念な準備をした後、「清水の舞台から飛び降りる」ような気持ちで、PC-9801UXとプリンター(インクジェットやレーザー方式は当時なく、タイプライターのようなドットインパクト方式)を一式約40万円(!!)で購入しました。

 30年前の40万円はかなりの金額だったので分割払いにし、この後10年近くPC-9801UXを大事に使い続けました。

 PC-9801UXには、3.5インチ・フロッピーディスク・ドライブが2台内蔵されていましたが、当時ハードディスクはまだありませんでした。

 インターネットが普及するのもまだずっと先の話しで、NECPC-VAN富士通NIFTY-Serveというパソコン通信(電話回線)で主にテキストの送受を行っていました。

 「C言語」でプログラミングした簡単なゲームをPC-VANにアップロードしたこともありました。

 その当時、評判だったアプリケーションソフトは、ワープロの「一太郎」(5万円)、表計算の「LOTUS 1-2-3」(10万円、アンビリーバボー!!)、テキストエディターの「Vz Editor」(5千円)などでした。

 日本橋の一角には、アプリケーションソフトを違法コピーし、元の1割の価格で販売するところもありました。

 

 当時の日本のパソコンには、日本語を表示するために「漢字ROM」というハードが基盤に組み込まれていました。

 そして、「漢字ROM」が付いていない海外の世界標準機は、日本語を表示できないので日本市場に入り込むことができませんでした。

 当時、日本のパソコン企業は「日本語の壁」にガッチリ守られていたのでした。

 「日本語の壁」に守られた「一種の鎖国状態」で世界的な競争にさらされないでいる間、パソコンのハード・ソフトはどんどん進化していきました。

 そして、ついに「DOS/V」という「黒船」がやってきました!!

 ハード・ソフトの進化で、今のように日本語データがパソコン起動時にメモリー上に展開されるようになったため、「漢字ROM」がいらなくなったのでした。

 欧米で販売されているのとまったく同じ仕様のパソコンが、日本でもそのままで販売できるようになりました。

 長い間守られてきた「日本語の壁」が音を立ててくずれました。

 さらに、「ウィンドウズ」が追い打ちをかけて「機種の壁」もくずしてしまいました。

 こうして、海外で大量生産・販売されている安価な世界標準パソコンの大津波がドッと日本に押し寄せ、国内で圧倒的なシェアを誇っていたPC-98の牙城を一気に崩していったのでした・・・

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 広い畑の上空をすずめがたくさん群れになって飛び回っています。

 少し汗ばんできたので、そろそろランニングマシンを止めて帰ろうとして、ふと思いつきました。

 

 そうだ! Chromebook で、なつかしく思い出した PC-9801 のことをブログに書いてみよう!!

 

 

 

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