今から45年ほど前、わたしが二十歳頃のことです。
ある日、高校の時からの友人が、面白いからと英語の教材を持って来てくれました。 その教材とは、南雲堂発行の映画の音声テープと解説本でした。
映画は「慕情」(原題:Love is a Many-Splendored Thing)で、その中の比較的聞き取りやすい部分をピックアップし、解説したものでした。
この頃は、ビデオテープはまだありません。音楽テープもそろそろ「カセットテープ」が普及し始めていましたが、わたしがもらった音声テープは小型の「オープンリールテープ」でした。
このテープをソニーの重い「オープンリールテープデッキ」にセットし、解説本を読みながら聴くのです。
映画「慕情」はそれまで見たことがなく、その当時でもすでに15年ほど前に封切りされた映画で古い感じがしましたが、分かりやすいラブストーリーで、英語の教材にはちょうどいいものでした。
そして、最初そのテープを再生した時、テープデッキから流れてくる英語が会話ではなく、リズミカルで抑揚のついた、まるで歌を聴いているような感じさえ持ちました。
日本語の発音はわりあい平坦なのにくらべ、英語は、音が上がったり下がったり、強く発音したり弱くしたりと、より歌に近いのでしょう。
また、映像がなくて音声に集中していたので印象がより強かったのかもしれません。
それからは、このテープを来る日も来る日も聴き続けました。
ついには、聴き取りやすく印象に残る場面のセリフは、自然に覚えてしまいました。
テープも解説本もなくなった45年後の今でも、思い出そうとしなくてもそれらの場面の英語のセリフが、抑揚をつけてひとりでに堰(せき)を切ったように口からほとばしり出ます。
わたしがよどみなく英語をスラスラ話せるのはそれらの映画場面だけ(残念!)ですが、生活のあらゆる場面の会話を耳から覚えればすべてペラペラに 話せるようになるのでしょう。母国語がそうですから。
それでは、今もまだわたしの頭に残っている映画「慕情」の場面を再現してみます。(記憶違いのところがあるかもしれません。また、下に意訳を付けました。)
Love is a Many-Splendored Thing(愛は輝きに満ちたもの)
舞台は、第二次大戦後の香港(英国植民地)
Suyin:西欧人と中国人のハーフ・未亡人、Mark:米国の特派員
(S: Suyin, M: Mark, N: Nora, A: Ann)
◉マークはスーインに近づこうとしますが、スーインは拒絶します。
S "There is an old Chinese proverb. Do not wake a sleeping tiger."
(中国には「寝ている虎を起こすな」という古いことわざがあるのよ)
◉スーインとマークがいる海辺の場面。
S "Mark, Could I have a cigarette?"
(マーク、タバコをちょうだい)
M "I've never seen you smoke."
(きみがタバコを吸うなんて見たことないな)
S "I rarely do."
(めったに吸わないもの)
◉マークはスーインをディナーに誘い、その後の場面。
S "Thank you for the moon, the lovely evening and the honorable fish."
(今宵の月とうるわしい夜、それにすばらしい魚料理、お礼申します)
M "Suyin, I've something to tell you. I'm married."
(スーイン、言っておきたいことがあるんだ。結婚しているんだ)
S "I knew you were married."
(結婚しているのは知っていたわ)
◉二人が草原にいるとき、チョウチョがマークの肩にとまります。
S "Mark, don't move!"
(マーク、動かないで)
S"A butterfly has perched on your shoulder. It's a good omen!"
(チョウチョが肩にとまったの。良いまえぶれなの)
◉マークは振り返り、チョウチョが飛び去ります。
S"Oh! You shouldn't have turned. It was a good omen."
(ああ、振り向いてはだめだったのに。せっかく良いまえぶれだったのに)
◉スーインとマークの会話
S "I am stronger than you? Then you are wrong! For you are gentle."
(私があなたより強いですって。それはまちがいよ。だってあなたは優しいもの)
"And there is nothing stronger in the world than gentleness."
(この世で優しさにまさる強いものはないのよ)
◉スーインと家政婦ノラが部屋にいると、家政婦アンがあわててマークの死を告げる新聞を持って入って来ます。
N "What in the world is the matter?"
(いったいぜんたい、どうしたっていうのよ)
A "There's something in the paper. Suyin, it's about Mark"
(新聞にのっているんです。マークのことが)
S "What about Mark?"
(マークがどうしたっていうの)
A "No,don't. Don't,Suyin."
(ダメ、ダメです)
S "Dead, or a prisoner?"
(亡くなったの、それとも捕虜なの。)
A "He's dead"
(亡くなられました)
S "Oh, it's not true. Nora, it's a lie. I won't believe it."
(ウソだわ。ノラ、ウソよ。信じないわ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
S "He is dead. But his letters will come. One by one."
(かれは死んじゃった。でも、かれの手紙は届くわ。ひとつひとつ)
S "They will continue to come. One by one."
(ずっと届くわ。ひとつひとつ)
映画の一部が「YouTube」にあったので載せておきます。